AIによる「過剰な自動化」が労働者の賃金を下げ、格差を広げるリスクがあることが経済学の研究で指摘されています。効率化の裏で働き手の交渉力が失われる「そこそこの技術(so-so technologies)」の正体とは。事務職やカスタマーサポートを中心に、AI時代に個人の価値を維持し、給料を守るために今すぐ取り組むべき3つの具体的な行動を提案します。
AIを導入すれば仕事が楽になり、給料も上がる。そんな期待とは裏腹に、労働経済学の権威による最新の研究は「過剰な自動化」が私たちの賃金を押し下げ、格差を広げるリスクを警告しています。マサチューセッツ工科大学(MIT)のダロン・アセモグル教授らが全米経済研究所(NBER)で発表した報告によれば、現在進められているAI導入の多くは、必ずしも劇的な生産性向上をもたらすものではなく、むしろ働き手の価値を奪い、賃金を押し下げる副作用をもたらす可能性があるのです。
この調査が示したのは、現在のAI技術がたどっている「過剰な自動化」という道筋が、社会に深刻な歪みを生むという懸念です。アセモグル教授は、人間の労働を単に置き換えるだけで生産性をさほど向上させない技術を「so-so technologies(そこそこの技術)」と呼び、これが労働者の交渉力を弱めていると指摘します。AIが人間の仕事を奪うだけでなく、本来得られるはずの恩恵が労働者に還元されず、逆に企業のコスト削減の手段としてのみ機能してしまうのです。
この影響を最も受けやすいのは、定型的な事務作業やカスタマーサポートといった職種です。これまで人間が担っていた判断や対話のプロセスが「そこそこの精度」で自動化されると、そこで働く人の役割は「AIが処理しきれなかったエラーへの対応」という補助的なものに変わってしまいます。その結果、個人の専門性は失われ、誰でも代わりが務まる状態になることで、給与交渉の力も弱まっていくのです。
私たち編集部は、この事態を単なる「効率化の失敗」ではなく、働き方のバランスが崩れた「過剰適応」の状態だと見ています。AIは本来、人間の能力を拡張し、新たなタスクを生み出すツールであるべきですが、企業が短期的なコスト削減だけを目的に導入を急げば、それは働き手の市場価値を削ぎ落とす行為になりかねません。AIを使いこなしているつもりが、実は自分の専門性をAIに吸い取られている状況に陥っていないか、私たちは冷静に見極める必要があります。
よくある誤解として、単純作業をAIに任せれば、空いた時間でより創造的な仕事ができ、給料も自然と上がるという考えがあります。しかし、仕事の一部が自動化されると、その業務全体の価値が市場で安く買い叩かれるリスクがあります。創造的な仕事へ移行する具体的な戦略を自分で持たない限り、効率化によって生まれた時間は、単に労働単価の下落に直結してしまうのです。
今日からできる最初の一歩は、自分の業務の中で、AIには代替できない判断ポイントを明確にすることです。AIが出した答えをそのまま使うのではなく、その背景にある意図を汲み取ったり、例外的な事象に対応したりする能力を、意識的に周囲へアピールしていく必要があります。自分にしかできない「最後の調整」を付加価値として定義し直しましょう。
次に、AIが提示する結果の「最終責任」を負う立場を確保してください。自動化が進むほど、何か問題が起きた際に責任を取れる人間の価値は高まります。ツールを使うだけのオペレーターから、ツールの出力を評価し、責任を持って意思決定する監督者への転換を目指すべきです。責任を負うことは、そのまま市場価値の向上に直結します。
最後に、職場のAI導入方針を注視し、それが労働者の支援(拡張)なのか、それとも単なる置き換えなのかを見極める目を養いましょう。もし過剰な自動化が進み、個人の介在価値がなくなる方向へ進んでいるなら、今のうちに自分のスキルがより高く評価される、人間とAIの協働を重視する環境へ移る準備を始めるのが賢明です。自分の価値を守れるのは、AIではなく自分自身だけです。